CDマーカーの限界を突破する: 細胞形態情報がもたらす、白血病研究のパラダイムシフト

2026年06月29日

慢性骨髄性白血病(CML)の治療は、チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)の登場によって劇的な進歩を遂げました。しかし、真の完全治癒(ファンクショナルキュア)を実現する道のりは、現在もなお平坦ではありません。その最大の障壁の一つが、治療後も体内に潜伏し続ける“白血病幹細胞”の存在です。

この希少な細胞集団をいかに特定し、その性質を解明して体内からの排除につなげるか。順天堂大学大学院医学研究科 血液内科学(現:埼玉医科大学病院 血液内科)の高久智生先生、鈴木行人先生の研究チームは、この課題に長年取り組んできました。しかし、彼らの前には、既存のフローサイトメトリーではどうしても越えられない壁がありました。

本記事では、同研究チームがいかにしてゴーストサイトメトリー®(Ghost Cytometry®、以下GC)技術と出会い、CDマーカー等の細胞表面マーカーに依存した従来解析の限界を突破したのか、その軌跡を辿ります。

 


 

Index

  • 課題:直面する“CDマーカー”の限界
  • 解決策:GCがもたらした“細胞形態”という新機軸
  • 結果:形態異常を定量化するインパクト
  • 今後の展望:GCが変える創薬研究
  • 次のステップへ

 


 

課題:直面する“CDマーカー”の限界

血液学の研究、特に白血病幹細胞の同定において、フローサイトメトリーは不可欠なツールですが、従来の解析技術には、原理的な制約が存在します。それは、細胞の分類がCDマーカーに対する抗体を用いた蛍光染色に大きく依存している、という点です。

「マウスモデルを用いた基礎研究であれば、遺伝子操作によって特定の細胞を標識し、検証することが可能です。しかし、臨床応用を見据えたヒトの患者サンプルの解析では、そうはいきません。ヒト白血病幹細胞の真のheterogeneityを捉えるには、既存のマーカーに依存する解析手法だけでは限界がありました」と高久先生は振り返ります。目的細胞を十分に絞り込めないことが、解析精度の向上、ひいては白血病幹細胞研究の進展を阻むボトルネックとなっていました。

また、PI(研究責任者)としての視点からは、別の課題も見えていました。世界中の研究室が同じようなマーカーを対象とする以上、そこから得られる知見には限界があります。「従来の手法に固執して追いかけるだけでは、他の研究グループとの差別化が難しく、ブレイクスルーを生み出すことが困難でした。研究の独自性を打ち出すためにも、全く新しい技術的アプローチを必要としていたのです」(高久先生)。

 


 

解決策:GCがもたらした“細胞形態”という新機軸

白血病幹細胞研究に、新たな視点を加える可能性を秘めているのが、ThinkCyte社が有するGC技術です。2019年のサイトメトリー学会でこの技術に接した高久先生は、その革新性に直感的な可能性を見出しました。

 

※編集部注:本インタビューにおける研究成果は、GC技術を搭載した試作機(左下図)を用いて取得されたものです。同技術は現在、次世代セルソーター「VisionSort®」として製品化されています。

 

 

GCの最大の特徴は、独自の技術で取得した細胞の形態情報を基に、AI駆動でラベルフリー且つ高速に解析・分類できる点にあります。既存のイメージングフローサイトメトリーが抱えていた低スループットの課題を克服し、膨大な数の細胞を高速で処理しながら、人の目では捉えられない構造的特徴を把握し、その特徴を有する細胞集団を分取(ソーティング)することが可能です。

「私たちが求めていたのは、既存の抗体による染色の枠を超えた、新しい指標でした。GCなら、熟練の医師や技師が顕微鏡下で感じ取る、“この細胞、何かが違う”という言語化しにくい直感を、AIによって客観的に、(SVMスコアやROC-AUCのような)数値として示せるのではないか、と考えたのです」(高久先生)。「最終的な決め手は、その独自性が他研究との差別化に繋がる、という期待に加えて、臨床サンプル(CML細胞)を用いた予備実験において、CML細胞に対して高い判別能を示した、という有望なデータが得られたことが大きい。この初期結果は、GC搭載装置を用いた共同研究を本格的に始動させる推進力となりました」(高久先生)。

 

 

導入にあたっては、順天堂大学の豊富な臨床知見と、ThinkCyte社の高度なエンジニアリング能力がシナジーを発揮しました。「私たちは臨床現場のニーズや医学的知識を持っていますが、最先端の細胞分析装置に関する技術的な専門知識は不十分でした。一方で、ThinkCyte側は独自の技術力をどう臨床的研究に応用すべきか、という知見を探していました。この相互補完的な関係こそが、共同研究を成功させる強みとなりました」(高久先生)。血液内科医としての臨床的視点と、AIによる形態解析という工学的アプローチが融合し、目的の細胞集団を新たな手法で同定するための強固なプラットフォームが構築されました。

 


 

結果:形態異常を定量化するインパクト

GC技術の価値を最も実感した実験上の瞬間は、GCが提示した未知の細胞集団の存在が、電子顕微鏡によって見事に裏付けられた時でした。これまでのアプローチでは見落とされていた、形態的に異なる細胞集団をGCが抽出し、それを電子顕微鏡で観察した結果、”ミトコンドリアの断片化”という明らかな生物学的特徴が確認されました。「GCによる判別結果が、電子顕微鏡などの既存技術によって裏付けられたとき、この技術の興味深さを実感しました」と高久先生は語ります。

 

GCの導入は、科学的発見と研究戦略の両面で有望な成果をもたらしました。

  • “臨床的な直感”の定量化: これまで感覚的に捉えられていた細胞形態の違いを、AIの活用によって客観的且つ定量的に定義できるようになりました。これは、「例えば骨髄異形成症候群(MDS)のような、形態異常が診断の決め手となる疾患において、GCは形態上の違いを数値化できる可能性があります」(高久先生)。「これまで主観に頼らざるを得なかった形態面での判別を、数千~数万個という細胞レベルで統計的に処理できる。これを応用し、早期診断や治療効果予測に繋がる客観的な指標となる可能性も見えてきました。CML以外の様々な疾患にも応用してみたいという発想の広がりが生まれました」(鈴木先生)。
  • 新規マーカーとしての役割: 特定のCDマーカーによって、これまでなら均一と思われていた集団の中に、さらなる不均一性(heterogeneity)が存在することが、GCによって可視化できます。もはや単なる解析装置ではなく、細胞表面マーカーに続く“新たなマーカー”として位置付けられる可能性があります(鈴木先生)。
  • 研究面でのプレゼンス向上: 最先端の“AI × サイトメトリー”技術を研究に取り入れたことは、外部発信にも効果的でした。「学会発表や論文投稿において、GCという独自の技術を採用していることは、研究チームの革新性を象徴する強力なキーワードとなり、共同研究の打診や注目度の向上にも寄与しています」(鈴木先生)。

 


 

今後の展望:GCが変える創薬研究

当研究チームは現在、次のステージとして、GCを用いたラベルフリー(非染色)ソーティングによる検証、創薬研究への展開を進めています。抗体染色操作を施さずに細胞を分離・回収できれば、細胞へのダメージや影響を最小限に抑えた状態で、移植実験や機能解析を行うことが可能になり、実施可能な実験の幅が広がります。「特定の病態細胞だけでなく、ゴーストサイトメトリーにより見出される特徴的な細胞集団も含めて分取・解析することで、細胞間の相互作用や微小環境が病態に与える影響を調べられる可能性があります」(鈴木先生)。

 


 

次のステップへ

高久先生は、GC技術の価値をこう締めくくります。 「GCは、これまで注目していなかった細胞集団を抽出してくれるだけでなく、“なぜこの細胞は違うのか?”という新しい問いを私たちに投げかけてくれます」。

 

  • さらに詳しく知りたい: 順天堂大学との共同研究成果に関する論文はこちら
  • 技術の原理を理解したい: GC技術とその応用事例に関する各種論文はこちら
  • ご自身のサンプルで試したい: あなたの研究課題にGCがどう応えられるか、まずはこちらにご相談

 

細胞の形態的な違いを感覚的には認識しているものの、それを客観的に表現(言語化・定量化)する手段を探している、形態的な違いを指標として細胞をソートしダウンストリーム解析を試してみたい、あるいは既存のCDマーカーによる細胞分類に限界を感じ、新たな指標を探したいと考えている研究者の方々にとって、GC技術、それを搭載したVisionSortは、まだ見ぬ発見へと導く“新しい眼”になるはずです。

既存のマーカーの枠を超え、細胞が持つ真の顔を解き明かす挑戦を、私たちと共に始めませんか。