細胞の“機能的価値”を評価する: VisionSort®の導入と次世代再生医療への挑戦
再生医療の社会実装を支える“品質”へのこだわり 細胞の性質をどう評価し管理するかという問題は、細胞製品の出荷基準を定めるために必須なだけでなく、基礎研究から臨床に用いられる製品まで一貫して重要な研究開発上の課題です。2026年はiPS由来の細胞製品2品目が初めて条件期限付き承認を得ることができましたが、この段階になってなお、細胞の性質を評価・管理する方法はまだまだ発展途上と言わざるを得ません。細胞の生死や抗体で認識される表面抗原等に頼らず、もし、リアルタイムで、非侵襲的に細胞を評価する指標があればどうでしょうか。細胞の品質管理に関する研究開発も画期的に進展し、より有効性の高い細胞製品を安定的に製造して、細胞治療の普及にも大いに貢献することが期待されます。 株式会社VC Cell Therapy(以下、VCCT)は、“すべての患者さんのために、あらゆる解決策を”というビジョンを掲げ、網膜外層疾患に対する細胞治療の実現を進めています。同社において、研究開発の要となる製造開発と品質管理の両輪を担う増田智浩先生は、従来の評価手法では捉えきれない細胞の品質を見極めるため、ThinkCyte社のゴーストサイトメトリー®(Ghost Cytometry®、以下GC)技術を搭載したセルソーター「VisionSort®」を導入しました。 本記事では、VCCTがVisionSortという新たなツールを武器に、いかにして科学的課題を克服し、再生医療の未来を切り拓こうとしているのか。その導入の経緯から、現場で得られた知見、そして将来の展望までを紹介します。 Index 課題:従来の評価手法が抱える視野の限界とバイアス “生きている”ことと“機能的である”ことの乖離 抗体ベース解析に伴う“先入観”というバイアス 解決策:GCによるラベルフリーかつ客観的な形態解析 形態情報に基づく新たな細胞分取法 教師なし学習がもたらす新たな発見 導入プロセス:ThinkCyte社スタッフとの共創 二段階のトレーニングプログラム 伴走型のテクニカルサポート 結果:新たな評価軸の確立と実用化への手応え 見えなかったものが見えるインパクト 形態解析が新たな評価軸になる可能性 今後の展望:定性的な“手応え”を客観的な“規格”へ 形態情報に基づくQC規格の確立 形態と遺伝子情報を繋ぐ分子基盤の解明 次のステップへ 課題:従来の評価手法が抱える視野の限界とバイアス VCCTの研究チームが直面していた最大のボトルネックは、治療ツールとなるiPS由来分化細胞のQC評価が、“生死判定”というかなり限定された次元に留まっていたことでした。 “生きている”ことと“機能的である”ことの乖離 「従来のQCは、細胞の生存率を測定することが主眼に置かれていました 。しかし、臨床の現場では“生きている細胞がどれだけ元気か、どれだけ移植後に機能を発揮できるか”という、より本質的な評価が求められます。移植組織の品質を担保するためには、従来の生死判定の枠組みを超え、細胞の質的な価値を問う新しいアッセイが必要であるという共通認識が、チーム内で議論されてきました」(増田先生)。 抗体ベース解析に伴う“先入観”というバイアス 当チームは、アポトーシス(細胞死の一種)を指標とした抗体ベースの品質評価も検討していましたが、これにも限界がありました。既存のフローサイトメトリーに代表される、抗体を用いた解析は、あらかじめ“何を見るか”というターゲット分子が定まっていることが前提となります。しかし、複雑な分化過程にある細胞や、未知の表現型(フェノタイプ)を探索するプロセスにおいては、特定のマーカーのみを追うアプローチは視野を狭めてしまうリスクを孕んでいます。「よりバイアスをかけずに品質を評価するには、これまでとは異なるテクノロジーが必要でした」(増田先生)。この科学的誠実さから発したニーズが、GC技術との出会いに結びつきました。 解決策:GCによるラベルフリーかつ客観的な形態解析 上記の課題に対するブレイクスルーとなったのが、ThinkCyte社のGC技術です。VCCTが本技術に注目したきっかけは、その画期性を報じた“Science”誌の論文でした。 形態情報に基づく新たな細胞分取法 本技術の最大の特徴は、従来の蛍光情報に頼らず、細胞の形態情報をAIでリアルタイムに解析し、その特徴に基づいて目的細胞を高速且つ非染色で分取(ラベルフリーソーティング)できる点にあります。再生医療において取り扱う網膜オルガノイドのようなヘテロな(不均一な)細胞集団から、目的細胞だけをラベルフリーソーティングできれば、細胞への物理的・化学的ダメージを最小限に抑えつつ、純度の高い治療用製品を製造することが可能になります。 教師なし学習がもたらす、新たな発見 VisionSort導入の決定打となったのは、UMAP等による次元削減および可視化を含む“教師なし学習”機能が実装されていることでした。 従来のフローサイトメトリーでは、既知マーカーの蛍光強度や種類で細胞を分類するのに対し、VisionSortに搭載された、教師なし学習の機能により、事前に定義できない微細な細胞状態の変化を直感的なマップとして可視化することが可能です。 これにより、何が変化しているのかは分からないが、集団として明らかに異なっている現象を客観的なデータとして抽出できるようになりました。「一見すると差がないように見える細胞集団でも、VisionSortで測定してUMAP解析を施すと、集団の分布が明らかにシフトしていたり、特定の“島”が現れたりすることがあります。これは、形態情報の中に、従来の指標では捉えきれなかった“一部の細胞集団における状態の変化”が隠れていることを示唆しています」(増田先生)。 抗体を用いた“決め打ち”解析ではなく、形態情報をアンバイアストに解析できる点は、研究の初期段階や未知のマーカー探索において、大きな優位性が期待できます。 導入プロセス:ThinkCyte社スタッフとの共創 技術的に新しい分析装置を研究現場に設置、定着させるにはハードルが伴いますが、VisionSortの導入プロセスは段階的且つ細やかに進められました。 二段階のトレーニングプログラム VCCTの場合、東京大学構内(当時)のThinkCyte社で、装置の導入前に納得のいくまで装置を利用いただきました。「まずはThinkCyte社施設に設置されたデモ機で基礎を学び、その後、自施設に導入された装置で自分たちの細胞を用いて応用トレーニングするという、二段階のプロセスを踏みました。この基礎から応用へとシームレスに繋がるステップが、ユーザーの習熟を早め、円滑な業務実装につながりました」(増田先生)。 伴走型のテクニカルサポート 「また、ハードウェアの設置だけでなく、実験後の詳細なレポート提出や事前の丁寧な打ち合わせなど、ThinkCyte社のエンジニアおよびリサーチチームによる細やかなバックアップが、研究プロジェクト遂行上の支えになりました」(増田先生)。これは装置導入のサポートだけでなく、技術の共同開発・社会実装を目指すパートナーシップとしての側面を反映したものになります。 結果:新たな評価軸の確立と実用化への手応え 先行して実施された共同研究では、VisionSortのプロトタイプ装置を用いて、網膜前駆細胞をラベルフリーで分取することに成功し、その成果が論文化に至りました。そして、VisionSortの導入後には、VCCTの研究ワークフローに新たな視点が生まれています。 見えなかったものが見えるインパクト VCCTの場合、現場で最も価値を実感した瞬間はUMAP解析の結果でした。 「比較対象との違いが一部の少数集団に生じる場合、教師あり学習では判別スコア(ROC-AUC)が高くならないことがありました。しかし、同じデータをUMAPで解析したところ、クラスターの位置や分布の広がりが、比較対象と異なっていることが可視化されました」(増田先生)。 形態解析が新たな評価軸になる可能性 「現在では、細胞のフェノタイプを比較する際、従来の分析手法に加えて“形態変化の可能性を考慮してVisionSortで見てみる”が一つの選択肢になりつつあります」(増田先生)。これにより、以前であれば見逃されていたかもしれない、あるいは評価を止めていたかもしれない細胞状態の日常的なスクリーン・アンド・レスキューにつながります。品質の違いを形態情報に基づいて評価できる体制が確立できれば、プロジェクトの意思決定の精度を高め、製造工程のコスト低下と信頼性の向上、許認可の確度向上にもつながります。 また、適切なマーカーが確立されていない初期段階の研究においても、VisionSortは細胞集団の“全体像”を把握するための強力なツールとなり得ます。UMAP上で分離された特徴的な細胞集団を解析することで、将来的な品質管理の指標となる新たな特徴量を抽出する道筋が見えてきました。 「VisionSortによってもたらされた“見えなかったものが見える”という定性的インパクトを、今後は客観的な数値(定量指標)として確立していくことがこれからの挑戦です」と増田先生は語ります。 これは、VisionSortが未知のバイオマーカーや細胞状態を見つけ出す強力な探索ツールとしての真価を発揮する可能性を示しています。適切なマーカーが確立されていない研究段階において、アンバイアストに細胞集団の全体像を把握し、将来の品質管理の指標となる“新たな特徴量を抽出する道筋”を提示してくれるからです。この探索ツールによって見出された“見えなかった細胞の姿”こそ、次なる定量化や規格化といった挑戦に不可欠な出発点となっています。 今後の展望:定性的な“手応え”を客観的な“規格”へ VCCTとVisionSortの挑戦は、まだ始まったばかりです。増田先生は、今後1〜2年で到達すべきマイルストーンとして“定性から定量へ”を掲げています。 形態情報に基づくQC規格の確立 現在は“違いが見える”という定性的な手応えを得ている段階ですが、これをいかにして客観的な数値、すなわち将来的な出荷判定基準や製造プロセス管理指標として確立していくかが、次の課題です。UMAP上の分布の偏りや特定のクラスターの比率を数値化し、それが移植後の生着率や機能維持とどのように相関するかを、蓄積したデータに基づいて定義していく作業が考えられます。「VisionSortから示された定性的な違いを、いずれは客観的な数値として定量化し、製造工程における厳密なQC規格へとブラッシュアップしていきたい」と増田先生は展望を述べています。 形態と遺伝子情報を繋ぐ“分子基盤”の解明 さらにVCCTでは、VisionSortの高速ソーティング機能を本格的に活用し、形態的に異なると判断された細胞集団を実際に分離・回収後、シングルセル遺伝子発現解析等を行う計画です。AIが捉えた“形態的な違い”の裏にある生物学的な意味(分子メカニズム)が解明されれば、GCは再生医療においてこれまでにない“非侵襲的品質判定ツール”へと進化する可能性があります。 次のステップへ 増田先生は、ご自身の経験を踏まえ、以下のような課題を抱える研究者にVisionSortが力になれるのでは、と述べています。 ヘテロな細胞集団の扱いに苦慮している場合 適切な表面マーカーが見つからず、既存の抗体解析に限界を感じている場合 何から着手すべきか不明確な、手探りの状態にある実験の初期段階で、まず全体像を把握したい場合 CRISPR-Cas9などを用いた遺伝的な細胞マーキング(プロモーター:GFPなど)のデータから非侵襲的細胞評価指標を得たい場合 「まずVisionSortで全体像を把握し、マーカーとなりうる特徴を探すといったアプローチが有効だと感じています」(増田先生)。 さらに詳しく知りたい: iPS細胞を対象とした他の解析事例はこちら 技術の原理を理解したい: GC技術とその応用事例に関する各種論文はこちら ご自身のサンプルで試したい: あなたの研究課題にGCがどう応えられるか、まずはこちらにご相談 VCCTの事例は、革新的なテクノロジーが、単なる装置の置き換えではなく、研究者に以下のような新たな視点を提供する可能性を示しています。 形態情報を指標とした細胞の品質管理を日常的に実施することによって、細胞プロダクトの質的な選択精度を高める。 適切なマーカーが確立されていない研究の初期段階において、細胞集団の全体像をアンバイアスに把握することによって、未知のバイオマーカーや細胞状態を見つけ出す。 再生医療の現場において、細胞の“質”を問うことは、患者さんに届ける治療の“安全と信頼”を担保することと同義です。VisionSortは、探索研究から製造開発までを貫く新たなスタンダードツールとなるべく、VCCTの革新的な挑戦を支え続けてまいります。